復職初日の記事を掲載してから半月が経過しました。
調子に大きな変化は無く予想より順調に過ごせていると思います。
半月の間を振り返って、良かったことと悪かったこと(残念なこと)を書いてみようと思います。
●良かったこと
予想通り仕事を与えられない日々が続きましたが、席の近くに同じ立場で以前から仲の良い友人が居ました。
そのAさんは昨年の仕事で上司に悪い印象を与えてしまい、減給されたそうです。
私も経緯は違いますが、私もこれまでの勝ち組コースから反れてしまったという意味でAさんとは妙に話が合います。
一緒にお昼ご飯を食べたり、飲みにも何度か行きました。
Aさんが居なければ、出社して一言も喋らないまま帰宅する生活になっていたかも知れません。
その他、何人かの友人も温かく(普通に)接してくれます。
これは元の会社に復職して良かったなと思えることです。
もうひとつ良かったことは、2週間ほど何の指示も無く放置された後に、あるドキュメント作成の仕事が与えられました。
上司が仕事を探してくれたのではなく、以前仕事を一緒にしたことがある後輩が、暇そうな私を誘ってくれました。
期間は一ヶ月程で数名のチームで行う仕事ですが、私の専門分野の経験も活かせそうだしハードルも高くないので、復職一発目の仕事には丁度良いと思います。
最初の打ち合わせで「私はいま故障者リストに入っているので、18時までしか仕事ができない」と告げると、快く承諾してくれました。
これも人脈のある元の会社に戻って良かったと思えることです。
●悪かったこと・残念なこと
復職二日目に上司と面談をしました。復職初日に挨拶をして無愛想だったあの上司です。
面談は一対一で行われました。彼は終始偉そうというか私を見下した態度です。
「休職中は何してたの?」
「読書や調子の良いときは散歩や家事をしていました」
「ふーん」
こんな会話の後、私の処遇についての話題に移りました。これが本題だったのでしょう。
「森八さんは一年以上休んでいた。復職して以前のままの役職にするという考えもあるが、その役職に森八さんが戻るとバランスが悪い」
と言われました。
役職は下げて貰ったほうがやり易いだろうと思っていましたが、上司の態度に嫌悪感を覚えました。
高飛車な言い方と、私の意見を聞こうともしません。
もともと降格は覚悟していたし、彼のために仕事をしたいとも思いませんので、これ以上彼に腹を立てるのは辞めました。
彼にペースを乱されるのも馬鹿馬鹿しいですし。。。。
他にも彼と同じような態度の人はいますね。
ですが、やり過ごすのが一番のように思います。
彼との面談の後、正直2,3日は思い出す度に気分の悪い思いをしましたが、やはりやり過ごすのが一番です。
そう思わせておこうと思いました。
良いこと、悪いことはこんな感じです。
とにかく、周りにペースを乱されないこと、自分で勝手に完璧を求めたり罪悪感や劣等感を育てて自滅しないこと。
これに注意して過ごすようにしています。
2010年1月20日水曜日
復職しました-復職初日の出来事-
安定剤を飲んで気持ちが落ち着いたのは、プラセボ効果かも知れません。
とにかくこの機を逃さず復職の不安は考えないように心掛けました。
不安が頭をよぎると「会社に行くだけなら何とかなる。行って駄目ならその時考えよう」と言い聞かせ、そこで大きく深呼吸して雑念を振り払うようにしました。
復職の前日は"元気"ではありませんが、それほど落ち込みも無く過ごせました。
翌日は10時から人事部長と面談です。
早めに就寝したせいか、緊張のせいか、目覚ましが鳴る前に目が覚めました。
そわそわした気持ちで支度を整え、余った時間はタバコを吸い続けました。
会社に着いたのは10時少し前、ダイヤの乱れで予定していた電車に乗れませんでしたが、開き直っていたのか落ち着いて会社に到着でしました。
休職中に退職をしつこく勧めてきた苦手な人事部長でしたが、嫌味を言われる事も無く事務的に進行しました。
面談の内容は、
・休職前の処遇で当面の勤務時間は9:30~18:00とするが、その場合所定の勤務時間に満たないのでその分給与を減額する。
・産業医面談を実施して、軽減勤務の制約が無くなれば裁量労働制となり減額は無くなる。
というものでした。
少し疑問に思う事もありましたが、労働上の制約がついているし、当面仕事も無いでしょうからこの件を承諾しました。
人事面談の後、人事部長に連れられてオフィスの執務エリアへ向かいました。
休職中「二度と戻る事はないかも知れない」と思っていた緊張する場所です。
休職直前の嫌なイメージのまま時間が止まっていた空間。
人事部長に連れられるまま通用口のドアを開けると、ちょうど休職前に仕事をしていた上司が2名話をしているところでした。この2名は人として尊敬は出来ないが、そういう立ち振る舞い方をしないとこの会社で生き残っていけないのかな?と考えさせられる二人です。
「長い間ご迷惑をおかけしました」そう言って近づくと相手は戸惑った様子で「その辺の席に適当に座って」「以前の荷物は○○さんのところに行けば有るから」。。。。。
以上!
なんと事務的なもだろう。そう思いましたがあまり話もしたく無いので"その辺"に座りました。
そこは不景気や仕事の切れ目で当座の仕事が無い人たちが一時的に集められる場所です。
当分この場所が指定席になりそうです。
復職初日は人事面談の後、ほとんどこの席で時間を潰しました。
何人かと話はしましたが、相手が遠慮しているのか戸惑っているのか長い話にはなりません。
「ご無沙汰です」とか「ご心配おかけしました」とかで済んでしまいます。
こちらとしても、その方が楽なので有り難かったです。
復職初日はそうして18時を迎えて退社しました。
休職中の苦しみを考えると上出来でした。
一日を通して調子が悪くなる事もなかった。
とにかく出社できたし、問題なく初日を終えられたのだから。
とにかくこの機を逃さず復職の不安は考えないように心掛けました。
不安が頭をよぎると「会社に行くだけなら何とかなる。行って駄目ならその時考えよう」と言い聞かせ、そこで大きく深呼吸して雑念を振り払うようにしました。
復職の前日は"元気"ではありませんが、それほど落ち込みも無く過ごせました。
翌日は10時から人事部長と面談です。
早めに就寝したせいか、緊張のせいか、目覚ましが鳴る前に目が覚めました。
そわそわした気持ちで支度を整え、余った時間はタバコを吸い続けました。
会社に着いたのは10時少し前、ダイヤの乱れで予定していた電車に乗れませんでしたが、開き直っていたのか落ち着いて会社に到着でしました。
休職中に退職をしつこく勧めてきた苦手な人事部長でしたが、嫌味を言われる事も無く事務的に進行しました。
面談の内容は、
・休職前の処遇で当面の勤務時間は9:30~18:00とするが、その場合所定の勤務時間に満たないのでその分給与を減額する。
・産業医面談を実施して、軽減勤務の制約が無くなれば裁量労働制となり減額は無くなる。
というものでした。
少し疑問に思う事もありましたが、労働上の制約がついているし、当面仕事も無いでしょうからこの件を承諾しました。
人事面談の後、人事部長に連れられてオフィスの執務エリアへ向かいました。
休職中「二度と戻る事はないかも知れない」と思っていた緊張する場所です。
休職直前の嫌なイメージのまま時間が止まっていた空間。
人事部長に連れられるまま通用口のドアを開けると、ちょうど休職前に仕事をしていた上司が2名話をしているところでした。この2名は人として尊敬は出来ないが、そういう立ち振る舞い方をしないとこの会社で生き残っていけないのかな?と考えさせられる二人です。
「長い間ご迷惑をおかけしました」そう言って近づくと相手は戸惑った様子で「その辺の席に適当に座って」「以前の荷物は○○さんのところに行けば有るから」。。。。。
以上!
なんと事務的なもだろう。そう思いましたがあまり話もしたく無いので"その辺"に座りました。
そこは不景気や仕事の切れ目で当座の仕事が無い人たちが一時的に集められる場所です。
当分この場所が指定席になりそうです。
復職初日は人事面談の後、ほとんどこの席で時間を潰しました。
何人かと話はしましたが、相手が遠慮しているのか戸惑っているのか長い話にはなりません。
「ご無沙汰です」とか「ご心配おかけしました」とかで済んでしまいます。
こちらとしても、その方が楽なので有り難かったです。
復職初日はそうして18時を迎えて退社しました。
休職中の苦しみを考えると上出来でした。
一日を通して調子が悪くなる事もなかった。
とにかく出社できたし、問題なく初日を終えられたのだから。
2010年1月16日土曜日
復職しました-復職前の不安-
随分と更新が滞りましたが、1/13に復職を果たして何とか無事第一週が終了してホッとしているところです。
13日という日付は人事側の都合で決まりました。
社内手続き上、産業医面談の後は人事部長と面談をして、最終的に会社が復職を許可する手順です。
この人事部長との面談の日程が13日になったという事です。
復職の1週間前ぐらいから調子が下降して来ました。
緊張と不安から復職の悪いイメージが頭から離れません。
タバコの量が増え、イライラして胃の調子も悪くなってきました。
「またうつ状態に戻ってしまったのか?」そんな思いが頭をよぎります。
なんとか打開したいと思い森田療法の本を読み始めました。
「誰しもが不安を抱えながら生きている」
「怖いと感じるのは自然な事、そのことにとらわれていると不安はますます強くなる」
そんな事を再認識して自分をなんとか落ち着かせようとしましたが、調子は戻りません。
森田療法に「恐怖突入」という治療法があります。
どんなに不安でも、その不安に向かっていけば不安は克服されるという考え方です。
「体調が悪くてもとにかく出社してみよう。そうすれば調子が良くなるかもしれない」
早く復職日が来て欲しい。でも復職は怖い。不安と緊張は消えません。
そんななか、駄目もとで抗不安薬のユーパンを飲んでみました。
半年ほど前、まだうつ状態が続いていた頃に処方されたのですが、効果が無かったので余っていた薬です。
そうすると、不思議な事に気分が落ち着いてきました。
「これなら出社できそうだ」そう思えたのが復職日の2日前のことです。
記事が長くなりました。
続きは次回。
13日という日付は人事側の都合で決まりました。
社内手続き上、産業医面談の後は人事部長と面談をして、最終的に会社が復職を許可する手順です。
この人事部長との面談の日程が13日になったという事です。
復職の1週間前ぐらいから調子が下降して来ました。
緊張と不安から復職の悪いイメージが頭から離れません。
タバコの量が増え、イライラして胃の調子も悪くなってきました。
「またうつ状態に戻ってしまったのか?」そんな思いが頭をよぎります。
なんとか打開したいと思い森田療法の本を読み始めました。
「誰しもが不安を抱えながら生きている」
「怖いと感じるのは自然な事、そのことにとらわれていると不安はますます強くなる」
そんな事を再認識して自分をなんとか落ち着かせようとしましたが、調子は戻りません。
森田療法に「恐怖突入」という治療法があります。
どんなに不安でも、その不安に向かっていけば不安は克服されるという考え方です。
「体調が悪くてもとにかく出社してみよう。そうすれば調子が良くなるかもしれない」
早く復職日が来て欲しい。でも復職は怖い。不安と緊張は消えません。
そんななか、駄目もとで抗不安薬のユーパンを飲んでみました。
半年ほど前、まだうつ状態が続いていた頃に処方されたのですが、効果が無かったので余っていた薬です。
そうすると、不思議な事に気分が落ち着いてきました。
「これなら出社できそうだ」そう思えたのが復職日の2日前のことです。
記事が長くなりました。
続きは次回。
2010年1月3日日曜日
大吉
2009年12月31日木曜日
大晦日
2009年12月15日火曜日
産業医面談
産業医面談に行って参りました。
場所は会社の会議室。約一年ぶりの出社でした。
行くまで(特に会社の最寄り駅から会議室まで)の道のりは緊張しましたが、体調不良を起こすことなく何とか終えることが出来ました。
以下、主なやり取りです。
復職を予定されている方は、参考にしてください。
産業医面談は産業医と私だけの個人面談でした。
他に人事担当者や上司が出席することも想定していましたが、産業医は患者(森八)との間に守秘義務があり、面談での内容は患者の同意なしに(たとえ社長であっても)口外することが出来ないそうです。
したがって、面談は産業医と一対一で行われました。
また、この面談の結果から産業医が「意見書」を作成して会社に提出するが、この内容も患者との合意の上で作成されるとのことでした。
以上の説明を自己紹介の後5分程かけて説明してくれました。
私にとってはこの面談の結果がガラス張りで会社側に報告されることが解り、随分と警戒心が解けてガードを下げて面談することが出来ました。
次に、主治医から提出された「診療情報提供書」の内容確認(復職OK、当面は休日出勤、残業、出張の禁止)の後、いくつか質問を受けました。
産業医:「現在の体調はどうか?」
森八:「9月からリフレックスを服薬し始めてから活動意欲が出てきて、それ以降の体調はとても良い」
産業医:「睡眠と食欲はどうか?」
森八:「一年ほど前は早朝覚醒で苦しんだが、その後は熟睡できているし寝付きも良い。食欲は十分ある」
産業医:「日中の疲れ具合はどうか?」
森八:「以前は人ごみに出ると一時間でも疲れていたが、現在は一日中外出していても(山登りとかで無ければ)翌日疲れが残ることは無い」
産業医:「それは良かったですね。よっぽどその薬がヒットしたのですね」
森八:「薬の効果もあるが、それ以前に受けていたカウンセリングも効果があったと自分では思っています」
産業医:「カウンセリングは高くつきませんでしたか?どこでカウンセリングを受けられたのですか?」
産業医が妙にカウンセリングに興味を示し、「個人的な質問で恐縮ですが。。。」と、カウンセリングの話題が続きました。
産業医:「家族構成、現住所、出身地は?」(これは、面談した全員に聞くことだそうです)
質問は以上でした。
その後、「復職に対しての意見書は問題ないですね。最初に拝見したときからそう感じていたが、これまでの話を聞いて尚そう思いました」という言葉を頂きました。
意見書では、復職につて、可、不可、条件付可 の3種類しかなく、今回は残業禁止等の制限がつくので条件付可となる。
また、これらの条件の期間は一旦2ヶ月間とし、復職後一ヶ月目に産業医と再度面談をしてこの期間の見直しをする。
という説明があり、この内容に同意出来るかの確認を求められました。
私も、この制限は復職早々オーバーペースになることを抑止しやすいので有り難いと回答し同意しました。
その後で、「休職期間が長かったのでご自分で復職支援のような事をしていましたか?」という質問を受けました。
私が回答に窮していると「例えば図書館とか。。。」と言ってくださったので「図書館には行っていました!」と答えました。
復職支援プログラムというものは、どうも私の肌に合わない感じがして受けた事が無かったので「マズイな」と思いましたが、図書館でも良かったようです。
図書館は実は最近は殆ど行っていないのですが、数ヶ月前はほぼ毎日通って自習室で読書や書き物をしていたので、ギリギリクリア?でした。
やっぱり復職支援は復職判定の評価対象になるんですね。それを知っていたら嫌でも受けていたかも知れません。
「言われるままに書く事は出来ないが、その他意見書に記載して欲しいリクエストがあるか?」と聞かれ、「ありません」と回答しました。
その後、他のうつ病復職者に対して作成した意見書を(もちろん個人名は伏せて)見せて下さいました。
産業医曰く、うつ病の場合は殆どこれと同じ内容になると言っていました。
休日出勤、残業、出張の禁止以外に、社内で特別扱いをしない事、締め切りの短い業務などは当面避けるなども記載されるそうです。
ここから、他の会社であったエピソード(守秘義務があるのに意見書以上の内容を人事部長に聞かれて困ったなどなど)を一方的に聞いていました。森八はしきりに相づちを打つことにしました。
ほんと良く喋るお医者さんでした。
最後に、産業医から私に対してお願い事項を2点伝えられました。
・薬を勝手にやめないで欲しい(森八さんの場合はヒットしている様子なので、これは無いと思いますが)
・体調に波があることを承知いておく事(落ち込むかとが有ると思っていた方が対処しやすい)
以上、ちょうど30分間の面談でした。
ほとんど準備無しで望んだのですが、上出来でした。
何よりこの結果がどの様に人事に伝わるのかが明確なので、マイナス思考が働く事も無くスッキリした気分です。
万が一に備えてICレコーダで会話を記録したのですが、その必要も無くて済みそうです。
この結果(意見書)が産業医から人事に報告され、次のステップは人事部長との面談の運びになる様子です。
森八は人事部長(休職中に退職勧奨してきた張本人)が人間的に嫌いなのですが、避けて通る事は出来ないようです。
ブツブツ言われると思いますが、産業医のOKが出た以上、この結果を覆すことはさすがに出来ないでしょう。
おそらく来年早々になると思うのですが、そこは受け流そうと思っています。
とにかく一つの関門を突破出来たし緊張しましたが会社にも行くことが出来ました!
このことは素直に喜びたいと思います。
面談の帰りに(ささやかですが)ファミリーマートで150円のエクレアを買って、自分へのご褒美にしました。
場所は会社の会議室。約一年ぶりの出社でした。
行くまで(特に会社の最寄り駅から会議室まで)の道のりは緊張しましたが、体調不良を起こすことなく何とか終えることが出来ました。
以下、主なやり取りです。
復職を予定されている方は、参考にしてください。
産業医面談は産業医と私だけの個人面談でした。
他に人事担当者や上司が出席することも想定していましたが、産業医は患者(森八)との間に守秘義務があり、面談での内容は患者の同意なしに(たとえ社長であっても)口外することが出来ないそうです。
したがって、面談は産業医と一対一で行われました。
また、この面談の結果から産業医が「意見書」を作成して会社に提出するが、この内容も患者との合意の上で作成されるとのことでした。
以上の説明を自己紹介の後5分程かけて説明してくれました。
私にとってはこの面談の結果がガラス張りで会社側に報告されることが解り、随分と警戒心が解けてガードを下げて面談することが出来ました。
次に、主治医から提出された「診療情報提供書」の内容確認(復職OK、当面は休日出勤、残業、出張の禁止)の後、いくつか質問を受けました。
産業医:「現在の体調はどうか?」
森八:「9月からリフレックスを服薬し始めてから活動意欲が出てきて、それ以降の体調はとても良い」
産業医:「睡眠と食欲はどうか?」
森八:「一年ほど前は早朝覚醒で苦しんだが、その後は熟睡できているし寝付きも良い。食欲は十分ある」
産業医:「日中の疲れ具合はどうか?」
森八:「以前は人ごみに出ると一時間でも疲れていたが、現在は一日中外出していても(山登りとかで無ければ)翌日疲れが残ることは無い」
産業医:「それは良かったですね。よっぽどその薬がヒットしたのですね」
森八:「薬の効果もあるが、それ以前に受けていたカウンセリングも効果があったと自分では思っています」
産業医:「カウンセリングは高くつきませんでしたか?どこでカウンセリングを受けられたのですか?」
産業医が妙にカウンセリングに興味を示し、「個人的な質問で恐縮ですが。。。」と、カウンセリングの話題が続きました。
産業医:「家族構成、現住所、出身地は?」(これは、面談した全員に聞くことだそうです)
質問は以上でした。
その後、「復職に対しての意見書は問題ないですね。最初に拝見したときからそう感じていたが、これまでの話を聞いて尚そう思いました」という言葉を頂きました。
意見書では、復職につて、可、不可、条件付可 の3種類しかなく、今回は残業禁止等の制限がつくので条件付可となる。
また、これらの条件の期間は一旦2ヶ月間とし、復職後一ヶ月目に産業医と再度面談をしてこの期間の見直しをする。
という説明があり、この内容に同意出来るかの確認を求められました。
私も、この制限は復職早々オーバーペースになることを抑止しやすいので有り難いと回答し同意しました。
その後で、「休職期間が長かったのでご自分で復職支援のような事をしていましたか?」という質問を受けました。
私が回答に窮していると「例えば図書館とか。。。」と言ってくださったので「図書館には行っていました!」と答えました。
復職支援プログラムというものは、どうも私の肌に合わない感じがして受けた事が無かったので「マズイな」と思いましたが、図書館でも良かったようです。
図書館は実は最近は殆ど行っていないのですが、数ヶ月前はほぼ毎日通って自習室で読書や書き物をしていたので、ギリギリクリア?でした。
やっぱり復職支援は復職判定の評価対象になるんですね。それを知っていたら嫌でも受けていたかも知れません。
「言われるままに書く事は出来ないが、その他意見書に記載して欲しいリクエストがあるか?」と聞かれ、「ありません」と回答しました。
その後、他のうつ病復職者に対して作成した意見書を(もちろん個人名は伏せて)見せて下さいました。
産業医曰く、うつ病の場合は殆どこれと同じ内容になると言っていました。
休日出勤、残業、出張の禁止以外に、社内で特別扱いをしない事、締め切りの短い業務などは当面避けるなども記載されるそうです。
ここから、他の会社であったエピソード(守秘義務があるのに意見書以上の内容を人事部長に聞かれて困ったなどなど)を一方的に聞いていました。森八はしきりに相づちを打つことにしました。
ほんと良く喋るお医者さんでした。
最後に、産業医から私に対してお願い事項を2点伝えられました。
・薬を勝手にやめないで欲しい(森八さんの場合はヒットしている様子なので、これは無いと思いますが)
・体調に波があることを承知いておく事(落ち込むかとが有ると思っていた方が対処しやすい)
以上、ちょうど30分間の面談でした。
ほとんど準備無しで望んだのですが、上出来でした。
何よりこの結果がどの様に人事に伝わるのかが明確なので、マイナス思考が働く事も無くスッキリした気分です。
万が一に備えてICレコーダで会話を記録したのですが、その必要も無くて済みそうです。
この結果(意見書)が産業医から人事に報告され、次のステップは人事部長との面談の運びになる様子です。
森八は人事部長(休職中に退職勧奨してきた張本人)が人間的に嫌いなのですが、避けて通る事は出来ないようです。
ブツブツ言われると思いますが、産業医のOKが出た以上、この結果を覆すことはさすがに出来ないでしょう。
おそらく来年早々になると思うのですが、そこは受け流そうと思っています。
とにかく一つの関門を突破出来たし緊張しましたが会社にも行くことが出来ました!
このことは素直に喜びたいと思います。
面談の帰りに(ささやかですが)ファミリーマートで150円のエクレアを買って、自分へのご褒美にしました。
2009年12月10日木曜日
診療情報提供書
いよいよ来週の火曜日に産業医面談を受けることになりました。
予定されている時間は20分です。意外と短いと思いました。
私の後に別の方が産業医と面談する予定が入っているので、20分を大幅にオーバーすることは無いのでしょう。
面談実施に先立って、産業医から主治医に「診療情報提供書」なるものの作成依頼が行っているそうです。
これは、産業医が主治医に治療の経過や現在の状況、復職に際しての制限事項などの提示を求めるものです。
一番のポイントは復職に際しての制限事項なのですが、先日主治医に診察を受けた際に要望を聞かれました。
私が「気をつけるよう心掛けるが、復職してすぐにオーバーペースにならないよう、残業や休日出勤を控えられるよう配慮して頂けると助かります」というと、「復職直後に残業、休日出勤、出張を控えるのは必須ですよ」と言われました。
私の会社ではリハビリ勤務の制度が無いので、これ以上望むことはありません。
聞くところによると、会社は不景気で人材が余っている状態だそうです。したがって私が復職しても暫くはぷー太郎状態が続くことが予想されます。
復職直後は会社に行くだけでクタクタになるという話を聞いたことがありますので、これで給料が頂けるのなら本当に有りがたいです。
ということで、産業医面談は復職時の条件などを詰めていたら意外と早く終わりそうな気がしてきました。
今となっては動揺もしていませんが、早く終わって欲しいものです。
予定されている時間は20分です。意外と短いと思いました。
私の後に別の方が産業医と面談する予定が入っているので、20分を大幅にオーバーすることは無いのでしょう。
面談実施に先立って、産業医から主治医に「診療情報提供書」なるものの作成依頼が行っているそうです。
これは、産業医が主治医に治療の経過や現在の状況、復職に際しての制限事項などの提示を求めるものです。
一番のポイントは復職に際しての制限事項なのですが、先日主治医に診察を受けた際に要望を聞かれました。
私が「気をつけるよう心掛けるが、復職してすぐにオーバーペースにならないよう、残業や休日出勤を控えられるよう配慮して頂けると助かります」というと、「復職直後に残業、休日出勤、出張を控えるのは必須ですよ」と言われました。
私の会社ではリハビリ勤務の制度が無いので、これ以上望むことはありません。
聞くところによると、会社は不景気で人材が余っている状態だそうです。したがって私が復職しても暫くはぷー太郎状態が続くことが予想されます。
復職直後は会社に行くだけでクタクタになるという話を聞いたことがありますので、これで給料が頂けるのなら本当に有りがたいです。
ということで、産業医面談は復職時の条件などを詰めていたら意外と早く終わりそうな気がしてきました。
今となっては動揺もしていませんが、早く終わって欲しいものです。
2009年12月8日火曜日
同僚と忘年会
昨日はおもいきって会社の忘年会に参加してきました。
わりと大規模な忘年会で十数名の参加でした。
全員が私の休職を知っている訳ではなく
「森八さんは今どんな仕事をしていますか?」と聞かれることもありました。
別に緊張もせず「今お休み中なんです」と答えられました。
以前は”休職中なのに元気そうだ”と思われるのが嫌で、外出は相当な苦痛でしたが
今では全く気になりません。
”元気になってきたから飲み会にも参加している”と開き直っています。
お酒も沢山飲みました。
調子に乗って二次会にも参加してしまいました。
最近の会社の話題にはついて行けませんでしたが、いろんな方と会話することが出来ましたし
コミュニケーションは思っていた以上に行えました。
参加者のほとんどが森八の後輩だったことが良かったのかもしれません。
本日も昨夜の反動は無く、普段どおりに活動できました。
この調子で産業医面談を乗り切り、新年を迎えたいと思います。
わりと大規模な忘年会で十数名の参加でした。
全員が私の休職を知っている訳ではなく
「森八さんは今どんな仕事をしていますか?」と聞かれることもありました。
別に緊張もせず「今お休み中なんです」と答えられました。
以前は”休職中なのに元気そうだ”と思われるのが嫌で、外出は相当な苦痛でしたが
今では全く気になりません。
”元気になってきたから飲み会にも参加している”と開き直っています。
お酒も沢山飲みました。
調子に乗って二次会にも参加してしまいました。
最近の会社の話題にはついて行けませんでしたが、いろんな方と会話することが出来ましたし
コミュニケーションは思っていた以上に行えました。
参加者のほとんどが森八の後輩だったことが良かったのかもしれません。
本日も昨夜の反動は無く、普段どおりに活動できました。
この調子で産業医面談を乗り切り、新年を迎えたいと思います。
2009年11月30日月曜日
いよいよ産業医面談
先週の金曜日、人事との面談をしました。
場所は会社近くの喫茶店です。
9月中旬からリフレックスの効果もあり良い体調が安定しているので、来年からの復職に向けて産業医面談を12月中旬に行うことになりました。
”やっと産業医面談”というよりは”とうとう産業医面談”という印象です。
なんだかプレッシャーを感じてきました。
復職に向けての手続きは、
①医師の復職可能の診断書&本人の復職意思
②産業医面談にて、産業医の復職可能判断
③人事部長の復職許可
だそうです。
最近の診察から①は問題ないのですが、②③は少し不安です。
主治医は患者の健康を最優先に考えてくれますが、産業医はそれよりも会社よりのスタンスだからです。
しかもいまの会社の産業医はうつ病が専門ではないそうです。
③の人事部長とはお互いに良い印象を持っていないと思いますが、産業医の許可が出た場合に復職を拒むことは難しいと思います。
産業医面談の時間は30分弱で、復職の場合は通常復職にあたっての制約事項(残業や休日出勤なしとか)が人事に提示されるそうです。
もし、復職NGの場合は休職可能な期間も残っているので休職延長になるのでしょう。
そう考えれば、産業医面談の結果はどちらでも良いような気もしてきました。
どんな面談になるのか解りませんが、考えても仕方がないので気楽に行こうと思います。
場所は会社近くの喫茶店です。
9月中旬からリフレックスの効果もあり良い体調が安定しているので、来年からの復職に向けて産業医面談を12月中旬に行うことになりました。
”やっと産業医面談”というよりは”とうとう産業医面談”という印象です。
なんだかプレッシャーを感じてきました。
復職に向けての手続きは、
①医師の復職可能の診断書&本人の復職意思
②産業医面談にて、産業医の復職可能判断
③人事部長の復職許可
だそうです。
最近の診察から①は問題ないのですが、②③は少し不安です。
主治医は患者の健康を最優先に考えてくれますが、産業医はそれよりも会社よりのスタンスだからです。
しかもいまの会社の産業医はうつ病が専門ではないそうです。
③の人事部長とはお互いに良い印象を持っていないと思いますが、産業医の許可が出た場合に復職を拒むことは難しいと思います。
産業医面談の時間は30分弱で、復職の場合は通常復職にあたっての制約事項(残業や休日出勤なしとか)が人事に提示されるそうです。
もし、復職NGの場合は休職可能な期間も残っているので休職延長になるのでしょう。
そう考えれば、産業医面談の結果はどちらでも良いような気もしてきました。
どんな面談になるのか解りませんが、考えても仕方がないので気楽に行こうと思います。
2009年11月24日火曜日
メランコリー親和型性格
うつになり易い性格の典型として、メランコリー親和型性格というものがあるそうです。
この性格の特徴は
①勤勉
②良心的
③仕事が正確で綿密
④完璧癖や几帳面さが強く要求水準が高い
⑤他人に合わせ衝突を避ける
⑥他人を攻撃するよりは自責的になり、負い目を過剰に感じる
⑦他人のために尽くす
⑧嫌われることを極度に怖れる
以上、森八そのものです。
自分がうつになり易い性格と知ったときは凹みました。そしてこの性格を直さないと再発すると考え、性格チェンジにチャレンジしたのですが、途中でやめてしまいました。
なんか無理を感じたからです。
そして今はこんな風に考えています。
見てわかる通り、この性格はかなり良い人です。会社でいえば模範社員!
森八もそうでした。
なのでこの性格は、うつ病になりやすいと言う短所でもあるが、長所でもあると言えます。
他人に気を遣いすぎて苦しくなりすぎないようにコントロールしたいと思っています。
これまで苦しい思いをしましたが、今ではわかっている分コントロールも幾らか出来そうな感触があります。
この性格とうまく付き合っていくことが出来れば、つ病にならないだろうし、良い性格であるわけだから、かなりナイスミドルになれるだろうと考えられるようになりました。
頑張り過ぎないようにがんばろう!
この性格の特徴は
①勤勉
②良心的
③仕事が正確で綿密
④完璧癖や几帳面さが強く要求水準が高い
⑤他人に合わせ衝突を避ける
⑥他人を攻撃するよりは自責的になり、負い目を過剰に感じる
⑦他人のために尽くす
⑧嫌われることを極度に怖れる
以上、森八そのものです。
自分がうつになり易い性格と知ったときは凹みました。そしてこの性格を直さないと再発すると考え、性格チェンジにチャレンジしたのですが、途中でやめてしまいました。
なんか無理を感じたからです。
そして今はこんな風に考えています。
見てわかる通り、この性格はかなり良い人です。会社でいえば模範社員!
森八もそうでした。
なのでこの性格は、うつ病になりやすいと言う短所でもあるが、長所でもあると言えます。
他人に気を遣いすぎて苦しくなりすぎないようにコントロールしたいと思っています。
これまで苦しい思いをしましたが、今ではわかっている分コントロールも幾らか出来そうな感触があります。
この性格とうまく付き合っていくことが出来れば、つ病にならないだろうし、良い性格であるわけだから、かなりナイスミドルになれるだろうと考えられるようになりました。
頑張り過ぎないようにがんばろう!
2009年11月17日火曜日
おもいっきりDonのうつ病特集
昨日おもいっきりDonという番組でうつ病の特集をしていました。
内容は一般的な話で、特に踏み込んだ内容はありませんでしたが、
印象に残ったのがうつ病になり易い次のような性格です。
・几帳面で完璧主義
・責任感が強く良心的
・他人に対する細かな気配りをいつもしている
・物事を否定的に考えてしまう
うつ病になり易い正確として「メランコリー親和型性格」が有名で、
上記もこれに一致していますが、改めて私そのものです。
私の場合この性格を変えるよりも、この性格とうまく付き合っていこうと考えている訳ですが、テレビを見て少し不安になってきました。
うまくコントロールできるのだろうか?
休職して価値観は変わってきたと思うのですが、うつ病を予防する具体的な対策としては「深呼吸」ぐらいしかありません。
価値観が変わってきたことは私にとって大きいのですが、本当に大丈夫かな???
突然不安になってきました。
内容は一般的な話で、特に踏み込んだ内容はありませんでしたが、
印象に残ったのがうつ病になり易い次のような性格です。
・几帳面で完璧主義
・責任感が強く良心的
・他人に対する細かな気配りをいつもしている
・物事を否定的に考えてしまう
うつ病になり易い正確として「メランコリー親和型性格」が有名で、
上記もこれに一致していますが、改めて私そのものです。
私の場合この性格を変えるよりも、この性格とうまく付き合っていこうと考えている訳ですが、テレビを見て少し不安になってきました。
うまくコントロールできるのだろうか?
休職して価値観は変わってきたと思うのですが、うつ病を予防する具体的な対策としては「深呼吸」ぐらいしかありません。
価値観が変わってきたことは私にとって大きいのですが、本当に大丈夫かな???
突然不安になってきました。
2009年11月16日月曜日
2009年11月14日土曜日
携帯電話が壊れました
携帯電話の液晶が映らなくなりました。
一週間まえから調子が悪かったのですが、電源を入れなおすと直るのでそのまま使用していたのですが、とうとう何をしても映らなくなりました。
スライド式の携帯を使用していて、どうやら液晶のバックライトが点灯しなくなったようで単なる接触不良だと思うのですが、分解することも出来ずお手上げです。
携帯電話は壊れないものだという先入観から雑に扱ったけっかでしょうか。
画面が映らないと何も出来ません。
電話の着信は解りますが、出てみないと誰かわかりません。
発信は電話番号を知っていれば掛けられますが、電話帳が見れないのでかなり不便です。
メールは読めない、もちろん作成は出来ません。
ちょうど楽々安心パックという故障の保障を解約したばかり。ガッカリです。
一週間まえから調子が悪かったのですが、電源を入れなおすと直るのでそのまま使用していたのですが、とうとう何をしても映らなくなりました。
スライド式の携帯を使用していて、どうやら液晶のバックライトが点灯しなくなったようで単なる接触不良だと思うのですが、分解することも出来ずお手上げです。
携帯電話は壊れないものだという先入観から雑に扱ったけっかでしょうか。
画面が映らないと何も出来ません。
電話の着信は解りますが、出てみないと誰かわかりません。
発信は電話番号を知っていれば掛けられますが、電話帳が見れないのでかなり不便です。
メールは読めない、もちろん作成は出来ません。
ちょうど楽々安心パックという故障の保障を解約したばかり。ガッカリです。
2009年11月10日火曜日
来年にむけて-通院にて
2009年11月5日木曜日
松井選手に感謝です
松井選手は優等生っぽくてファンでは有りませんでしたが、彼の著書である「不動心」を読んで、応援するようになりました。
ワールドシリーズのMVP。一試合6打点で優勝を決めた第6戦のMVPではないのです。
凄いのすごいスゴイ!
左手首の骨折に続いて膝の手術をして、今シーズンは一度も守備についていないのでは無いかと思います。
DHや代打でしか出番のない中で、シーズン前半は思うような結果が出せずニューヨークでは松井不要論が連日報道されていたそうです。
シーズン終盤には本来の打撃が出来るようになり、結果を出してこれ以上無いかたちでシーズンを終えられました。
「苦しいことなんか無い。野球ができるから」と今日のインタビューで答えていました。
怪我や持病とうまく付き合いながら、復活して強烈な存在感を示した松井選手。
私もこのうつ病や性格とうまく付き合いながら、復活しようと改めて思った一日でした。
ワールドシリーズのMVP。一試合6打点で優勝を決めた第6戦のMVPではないのです。
凄いのすごいスゴイ!
左手首の骨折に続いて膝の手術をして、今シーズンは一度も守備についていないのでは無いかと思います。
DHや代打でしか出番のない中で、シーズン前半は思うような結果が出せずニューヨークでは松井不要論が連日報道されていたそうです。
シーズン終盤には本来の打撃が出来るようになり、結果を出してこれ以上無いかたちでシーズンを終えられました。
「苦しいことなんか無い。野球ができるから」と今日のインタビューで答えていました。
怪我や持病とうまく付き合いながら、復活して強烈な存在感を示した松井選手。
私もこのうつ病や性格とうまく付き合いながら、復活しようと改めて思った一日でした。
2009年11月4日水曜日
気孔教室へ行きました
先週投稿した健康気孔教室へ本日行って参りました。
予想通りマンツーマンのお試しレッスン。一時間525円でした。
最初に先生が「どこか悪いところは有りますか?」と聞かれたので、正直にうつ病で休職していることを伝えると、「体が硬いからだよ」と良くわからない返事。
たしかに森八は体が硬いのですが。。。。。
最初は準備運動というか、手足の力を抜いてグニャグニャ動かす運動を20分。
座って両手の指を近づけると温かい。「それが気です」と言われた。
こんなに簡単に出来るものか?
その後、先生が気を披露。
普通腕力で動かせないものが動かせたり、動かせるものが気を入れると動かなかったり。。。
これは不思議でした。
最後に先生が私に気を当てて溜まっているストレスを吐き出させるような治療をして下さいました。
やっている最中に「感じたことがあれば言ってください」と言われたが、正直何も感じなかった。
気孔に対して疑心を持っていると気が入っていかないそうだ。疑心は少しある。「ほんとかな?」というレベルですが。。。
以上で一時間が終了です。
今後もし生徒が増えれば、正式なコースとして実施されるそうです。
その場合は月4回で4千円ほど。
生徒が集まったらの話ですが、どうしようか迷います。
先生いわく、気を操って自分の健康を管理できるようになるには一年くらいかかると仰っていました。
今日のお試しでは、強い動機付けには至らなかったしなぁ。。。。
予想通りマンツーマンのお試しレッスン。一時間525円でした。
最初に先生が「どこか悪いところは有りますか?」と聞かれたので、正直にうつ病で休職していることを伝えると、「体が硬いからだよ」と良くわからない返事。
たしかに森八は体が硬いのですが。。。。。
最初は準備運動というか、手足の力を抜いてグニャグニャ動かす運動を20分。
座って両手の指を近づけると温かい。「それが気です」と言われた。
こんなに簡単に出来るものか?
その後、先生が気を披露。
普通腕力で動かせないものが動かせたり、動かせるものが気を入れると動かなかったり。。。
これは不思議でした。
最後に先生が私に気を当てて溜まっているストレスを吐き出させるような治療をして下さいました。
やっている最中に「感じたことがあれば言ってください」と言われたが、正直何も感じなかった。
気孔に対して疑心を持っていると気が入っていかないそうだ。疑心は少しある。「ほんとかな?」というレベルですが。。。
以上で一時間が終了です。
今後もし生徒が増えれば、正式なコースとして実施されるそうです。
その場合は月4回で4千円ほど。
生徒が集まったらの話ですが、どうしようか迷います。
先生いわく、気を操って自分の健康を管理できるようになるには一年くらいかかると仰っていました。
今日のお試しでは、強い動機付けには至らなかったしなぁ。。。。
チューリップを植えました
2009年11月1日日曜日
11月ですね
2009年10月30日金曜日
通院日でした
インフルエンザの流行で病院は大混乱?と想像していましたが、普段どおりの混雑でした。
リフレックス服薬以来調子が良いこと。ルボックスを停止しても影響が出ていないこと。
を伝えました。
ミルナシプランも減薬できないか?と伝えましたが、「副作用が無いのならこのまま行きましょう」で、ちょっと残念。
主治医も「この調子なら来年から復職できそう」と感じている様子。
私もそう思います。
家内もそう思っている様子です。
これまでは、自分の中で「復職しなければならない」という気持ちと「復職したくない」という気持ちが常に戦っている状態でした。
そして主治医や家内とも同じような戦いをしていたように思います。
家内が「もう少し休職したら?」というと、「ここまで回復しているのだから仕事すべきではないか」と返す。
主治医に「復職できそうですか?」と聞かれると、すごく不安になり調子がよくなかった時の事例を並べて休職の診断書を書いてもらおうとする。
こんな繰り返しでした。
焦る気持ちを抑えて、休職延長を選択するのは忍耐の要ることですが、今となっては、この選択をし続けてよかったと思います。
リフレックス服薬以来調子が良いこと。ルボックスを停止しても影響が出ていないこと。
を伝えました。
ミルナシプランも減薬できないか?と伝えましたが、「副作用が無いのならこのまま行きましょう」で、ちょっと残念。
主治医も「この調子なら来年から復職できそう」と感じている様子。
私もそう思います。
家内もそう思っている様子です。
これまでは、自分の中で「復職しなければならない」という気持ちと「復職したくない」という気持ちが常に戦っている状態でした。
そして主治医や家内とも同じような戦いをしていたように思います。
家内が「もう少し休職したら?」というと、「ここまで回復しているのだから仕事すべきではないか」と返す。
主治医に「復職できそうですか?」と聞かれると、すごく不安になり調子がよくなかった時の事例を並べて休職の診断書を書いてもらおうとする。
こんな繰り返しでした。
焦る気持ちを抑えて、休職延長を選択するのは忍耐の要ることですが、今となっては、この選択をし続けてよかったと思います。
2009年10月27日火曜日
今日は上出来でした
今日は起床は10時と遅かったのですが、午前中から近くのホームセンターまで散歩に出ました。
合計2時間ほど外出して帰宅後、洗濯物と干していた布団のの取り込み。
15時からは駅前のオートバックスまで歩き、ウィンドーショッピング。
その足でスーパーで夕食の食材を調達、夕食にレバニラ炒めとゴボウの竜田揚げを作りました。
更に特売のミンチを大量に買ってきたので、夕食後にハンバーグの下ごしらえ(パテまで作って後は焼くだけ)まで行えました。
昨日は悪天候で気分がモヤモヤしていましたが、今日は天気も快晴!沢山活動できました。
歩きすぎてやや筋肉痛ですが、これぐらい活動できれば仕事も出来るかな?と思えてきました。
合計2時間ほど外出して帰宅後、洗濯物と干していた布団のの取り込み。
15時からは駅前のオートバックスまで歩き、ウィンドーショッピング。
その足でスーパーで夕食の食材を調達、夕食にレバニラ炒めとゴボウの竜田揚げを作りました。
更に特売のミンチを大量に買ってきたので、夕食後にハンバーグの下ごしらえ(パテまで作って後は焼くだけ)まで行えました。
昨日は悪天候で気分がモヤモヤしていましたが、今日は天気も快晴!沢山活動できました。
歩きすぎてやや筋肉痛ですが、これぐらい活動できれば仕事も出来るかな?と思えてきました。
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